生まれ変わりについて真剣に考察するブログ|人生一度ではない

「生まれ変わりってあるのだろうか」、「今度生まれ変わったら○○をしたい」、「今がイヤで早く生まれ変わりたい」

おはようございます。ウチケンです。

今回のブログ記事は、「生まれ変わりについて真剣に考察するブログ|人生一度ではない」と題しまして、何ら宗教にも属さない、一個人であり普通に仕事をし普通に家庭を築き、地位も名誉も名声もなければ実績なんて当然ない普通の会社員。
今まで生まれ変わりなどまったくもって信じてこなかった筆者である私が、とあるYouTubeをきっかけに「もしかして生まれ変わりってあるのかもしれない」という考え方にシフトしたら生活するうえでのストレスやプレッシャーから解放されたので読者のみなさんにも共有したいと思います。

地位・名誉・名声・実績ー
普通の人はそんなものありません。
ですがいちばん多い層もふつうの人。なので、ふつうの人が書くふつうの記事がふつうに価値があるのではと考えます。「ふつうはみんなどうしているんだろう」と「ふつう」を引き合いに出したりするのが根拠となります。

当ブログ記事を読み終えたあと、日々の生活から少しでもストレス・プレッシャーが軽減さることを願い綴らせていただきました。

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私の一家は元エホバの証人研究生

私の一家は、元エホバの証人研究生でした。

エホバの証人ー
俗世との関わりを絶ち、選挙は参加しない、武道はダメ、国家は歌わない、誕生日やクリスマスなどのイベント事を祝うこともすべてダメ、輸血拒否で度々世間で話題になります。
客観視すればカルト集団。ですが、本人たちは篤い信仰のもと、世界の終末(ハルマゲドン)とエホバの証人の楽園(4者の復活)を信じ活動しています。
教理としては、人は4んだら無になるだけ。魂や霊的なものは存在せず、すべてサタン(悪魔)によるものと説きます。

そんな母親の元で育てられた私も聖書を勉強するように強要されます。

別にそれがイヤだったわけでなく、友達に「神様はいるんだぜ」、「聖書を勉強しないと楽園にいけななくなるんだぜ」なんて自慢してみたり、将来はエホバの証人になるべく結構楽しみながら研究生としての日々を過ごしていました。

半年ほど続いた頃でしょうか。
酒ダメ・たばこダメ・遊びダメなど、世俗との関わりを絶ち、すべての欲求を抑える厳たる教理に、酒スキ・たばこスキ・遊び大スキな母の信仰心など続くはずもなく、やがては研究生をやめてしまいます。
母がやめれば父もやめ、その後もしばらく続けていた私と妹もやがてはやめてしまいました。
こうして、私のエホバの証人研究生は幕を下ろしたのです。

その後、現在に至るまで、母は何度かエホバの証人研究生を再開し改心を試みるも、結局は長くは続かず、数ヶ月、数週間でお断りのTELをしていました。



怪奇現象・心霊現象・オカルトへの興味・関心

車の免許を取ってからのことです。

皆さんもご経験あるのではないでしょうか、「心霊スポット巡り」

今おもえば決してよくないことではありますが、当時は車に友達を乗せ遠くにドライブに行くだけでも楽しく、時間帯が夜中であれば誰が言い出したか「出るらしいから行こうぜ」の提案に、とくにすることもなければビビッてるとも思われたくなく、怖いもの見たさというのもあり、県下の有名所はほぼ巡ってきました。

廃トンネル、廃病院、廃校舎、廃墟、時には山の頂にある廃ホテルを目標に、草木が生い茂る獣道を15人ほどで長蛇の列を組み、懐中電灯で足下を照らしながら進んだこともあります。

長蛇の列ー
これが
いちばん後ろがとてつもなく怖いです。気になり後ろを確認したいけど怖くてできない。前の人の肩につかまって進んではいるけど、ほんとうにそれは人なのかと疑心暗鬼に駆られます。

実際の現場では、怖い・やばい経験や不思議体験などありました。今となっておもい返せば、よくもまあ私も含め皆無事に生還できたと。現在に至るまでに不幸に見舞われた人はいなさそうなので、あらためて胸を撫で下ろしながら綴っています。

元エホバの証人研究生として。
霊の存在は〝なし〟、すべてサタンによるもの、サタンは非常に恐ろしいもので関わってはいけないという教理でしたが、私の中で「確かめたい」、「霊なんていない」、「聖書に書いてあることが本当なんだということをみんなにおしえたい」という気持ちが動機となり、心霊スポット巡りに参加していたというのもあります。



生まれ変わりはあるのかもしれないと思うようになったきっかけ

エホバの証人研究生をやめてから35年ほど経過した現在、エホバ神はきっと存在するのだろう」、「ハルマゲドン?きてもこなくてもどっちでもいいや」、「人は4んだら無になるだけ」と心のどこかで信じながら、仕事に子育てにと、日々の忙しさに追われる毎日を過ごしてきました。

そんな目まぐるしく過ぎる日常の息抜きのささやかな楽しみとして、YouTube視聴があります。

面白動画に笑い、K-POPに魅せられ、歌の上手い人に酔いしれる。また、「怖い話」というのもよく視聴しています。

そして、怖い話といえば都市伝説でおなじみの島田秀平さんの大人気チャンネル「島田秀平のお怪談巡り」、怖いながらも楽しく拝見させていただいております。

その中で、ある方(Mさん)が語った話、「幽霊インタビュー」に衝撃と感銘を受けました。
後にリンクを貼付しますが、その内容は…

ある日幽霊に遭遇したMさん。怖いながらも興味・関心のほうが勝り、幽霊に話しかけます。「小さい頃から心霊系やオカルト系が大好きなんだ」、「どういう人が幽霊になるのか」、「4んだらどうなるのか」などをいろいろおしえてほしい、話を訊かせてほしいと幽霊おじさんにお願いしたところ、「話せる範囲で話してやるぞ」と語ってくれた話を忘れないようノートに記録したという、前代未聞の話だったのです。

「人の言うことを簡単に信じやがって」と思うかもしれませんが、Mさんが虚偽や創作でストーリーを作っているとは思えなくらい、幽霊おじさんのアンサーが腑に落ちると言いますか、つながってくる話や聞いたこともないような話に妙に説得力があり、不思議と納得してしまうのです。

Mさんの話を丸呑みにしたわけではないですが、エホバの証人研究生をやめ現在に至るまで、何ら宗教にも属さない今を生きてくだけで精一杯の人間が、神や終末論を信じたところで家族や子どもどころか誰一人として幸せにできやしないんだと、一つのことに捕らわれすぎてたのではと改過自新。家族の笑顔を絶やさないため、息子に背中を見せれる父親として、私を育ててくれた両親へ恩を返すために、今この刹那をしっかりと生きてゆこうと決心したのです。

焦燥・焦り

勝ち組の方、成功された方、富や名声を手に入れた方は二言目にこぞってこう言います。

「人生は一度きり」

そして、三言目にこう続きます、

「好きなことをやりたい」

「後悔したくない」

「やらないやつが悪い」

〝ごもっとも〟なのですが、一度きりの人生大成させるために全力でひた走り、若いうちからコツコツ地道に積み上げてきたからこそ、富や地位が手に入るのかもしれません。
周りが遊びほうけていうるときに自身はお仕事していたでしょう。周りがまったりしているときにせかせかと人脈を広げていたでしょう。周りが心霊スポットを巡っているときに勉強をしていたでしょう。

それはわかります。そこに費やしてきたからこその対価が大成であり今の成功であることを。

ですが、ふつうの人はなかなかそうもいきません。趣味や道楽、遊興にと、目先の楽しさに目がくらみ努力や勉強を怠ります。結果、できなかったやれなかっただけのこと。そして、そうした人達が世の中大半を占め、消費者として社会が成り立っていることもまた事実。

人生は一度きりという言葉を耳にするたび、焦りや重圧、年老いていく自身に自信を失い、「人生は一度きりなんだ」と頭で理解しているので、このままでいいのか、何かをしなければいけないのではないかと常に心に焦りを感じ焦燥感に苛まれていました。イライラすれば心に余裕がない、他人に思いやりのある接しかたをできていたでしょうか、妻に感謝の気持ちを素直に伝えれていたでしょうか、子どもに父親として胸を張れていたでしょうか。

答えは「否」だ。


人生一度ではない

「生まれ変わりってあるのかもしれない」という思考にシフトしてから、私の中であることが劇的によい方向へ変換したものがあります。それは、「人生は一度きり」というストレスやプレッシャーです。

見方を変えれば視野・考え方が広まり、一つこごとに捕らわれず柔軟に対応すればストレスやプレッシャーから解放される。生まれ変わりを信じるようになったら、重圧感や心痛・心労が軽減されたので以下に綴ってみます。

・心に余裕ができる
勤め先の経営難、上がらない給料、収入と出資のバランス崩壊。日々の生活・暮らしが厳しくなるなかで、家族以外の他人のことなどかまっていられず、思いやりのある態度で接しなかったり、毒を吐いたり、傷ついている人を見て見ぬふりなんてこともしばしば。
ですが、セカンド、サード、フォースと新しい人生があるとするならば、何も今を生きるために一生懸命詰め込む必要もないので気持ちにゆとりができます。

・何事も恐れず挑戦できる
挫折、失敗、後悔、落胆、絶望など、人が生きていくうえで必ず直面する苦しみ、悲しみ、妬み、怒り、不安といった負の感情。歳を重ねていくうちに、「失敗したくない、後悔したくない」ことから臆病になってしまい、今までに経験したことがないことから第一歩が踏み出せずに躊躇しているうちに日時だけが経過してしまいます。その後に押し寄せる後悔の念に駆られたくなく、〝なかったこと〟にと忘れようとします。
けれども、生まれ変わりがあり、次の人生があるとするならば、たとえ失敗しようと次のライフに活かすことができるのです。

・今を生きる
老後のための貯蓄、子どものための学費や習い事など、今後必要になってくるであろうお金のために、低年収ながら工夫し節約しなんとか工面し、妻にひもじい思いをさせ、なんとか月に500円でもと貯蓄してきました。
しかしながら、それは「人生は一度きり」という概念からくるものであると気づかされたら、なにも将来のことばかり考えなくてもいいんだ、なぜなら子どもも生まれ変われるのですから。そんなことよりも、今この刹那を生きるほうに価値があるのではないでしょうか。なんとかなる。

・人生は一度ではない
苦しいとき悲しいとき辛いときに込み上げてくる悲壮感。周りを見れば、自分より辛い人たちがたくさんいるのに、「なんで自分が」、「なんで自分だけ」、「なんで自分がこんな目に」
だけどいいじゃん、与えられた試練だと思って受け容れ全うしましょう。人生一度ではないのですから。


〝禁忌〟絶対にやってはいけない行為

生まれ変わるために絶対にやってはいけない行為があるようです。それは、自らの意思で4を選択してしまうこと。自○です。

「あの世」とか、「前世、来世」があるのかは判りませんが、「現世が修業の場であるから放棄してはならない」とか耳にします。また、私たちが生まれ変わりたいと望むから4んだ後にもなんらかのカリキュラムに参加するらしいです。

なんにせよ、「ダメ」と言われてることは、やらない・選択しないのが賢明です。

与えられた試練というのは人それぞれでしょうが、私たちの大切なことは、「今を生きる」ということでしょうか。

合わせてお読みいただきたい

当ブログ記事の元ネタとなったYouTubeチャンル「島田秀平のお怪談巡り」を文章に起こしてみました。私の考察や見解も筆記しています。
幽霊インタビュー考察|島田秀平さんのお怪談巡りより

「どうせ生まれ変わるなら親ガチャで当たりを引きたかった」と思われているのなら対処法などを記しています。
【親ガチャにはずれた】対処法と親のせいにしないマインド(信念)をつくる

そして、素朴な疑問である、「人はなぜ存在しているのか・人はなぜ生きているのか・なんのために存在しているのか」、私なりにアンサーを見つけたので綴っています。一読いただければ幸いです。
【人はなぜ生きるのか】存在する明確な答えを見つけたので綴ってみた

最後に

私は、物心がつきはじめてから約半世紀近くの間、魂など存在せず、人は4んだら何も残らない・無になるだけなんだと信じ今まで歩んできました。
人生が一度きりであるならば、なにより
も4を恐れ、すべてのことに消極的で慎重に行動し、身近や大切な人が亡くなれば悲嘆していました。

ですが、考え方を変えるだけで心が晴れ、足取り軽快に前へ進めるようになります。4んだら無になるだけなんて寂しすぎますし、身近や大切な人の4が「人生お疲れ様でした」と、心から思えるようになったのです。

物事とは、見方・考え方で良くも悪くもなります。
そして、思考そのもをプラスに考えることで、物事の良い面を見るように努め、前向きな姿勢を保ち、なんでも前向きにプラスで思考することでそれは実現します。結果、ポジティブな思考はポジティブな現実をもたらすのです。それを、「積極思考」と言います。

積極思考で楽しい人生歩んでみませんか。

島田秀平のお怪談巡りより「幽霊インタビュー」

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