【人が生きる意味】存在する明確な答えを見つけたので綴ってみた

誰もが一度は考えたことがあるであろう答えなど見つかることのない永遠のテーマ、「人はなぜ存在するのか」、「人は何のために生きているのか」、「人の存在価値ってなんだろう」

おはようございます。ウチケンです。

今回のブログ記事は、「【人が生きる意味】存在する明確な答えを見つけたので綴ってみた」と題しまして、何ら宗教的なものにも属さない普通の会社員である労働者の私が、普通に仕事をし普通に家庭を築き普通に生活をしている何の取り柄もない一個人として、私なりの「人が生きる目的」を綴ります。

「地位も名誉も名声も実績もないやつが何を言っている」という声もあるかと思います。

ですが、普通の人なんてそんなものはありません。

そして、世の中「普通の人」、「普通の考え方」がいちばん多い層ではないでしょうか。よく、「普通はどうしているんだろう」と世間一般を引き合いに物事を考えたりもします。

お金持ちでもない頭も良くない、何の取り柄もない普通の人間。。普通の人間なのですが、普通がゆえに普通であるため、普通の人の普通の考えや想いだからこそ、いちばん多い層に共感できるのではないでしょうか。

当ブログ記事を読み終えたあと、少しでも「僕が・私が生きる目的」を見つけることができたのなら幸いです。

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そもそも、人って何で生きてるのだろうと思うか

ズバリ、今が楽しくないからです。

では、「今が楽しくないから」と考えられる要因を2つほど書き出してみます。

1つ目、「今が楽しくない」と思える最大の原因はストレスではないでしょうか。そして、そのストレスのほとんどがお仕事なのでは。

最近では「働き方改革」として就業時間が見直され、過度な残業や無理強いな出勤より有給休暇をとらせてくれる企業・会社が増えてきました。労働者側の肉体的・精神的にも配慮してます的にアピールされます。

ですが、雇用側が掲げる目標やノルマは上がり続けるため、逆に就業時間内に仕事を終わらせなければいけないのでお昼休みの返上、人数が必要とされるチームでも少ない人員でやらなければいけないと、はっきり言ってしまえば労働者側からしてみれば改悪されただけ。

また、働けど働けど収入は増えるどころか横ばいかむしろ減少、物価高により支出ばかりが増え、老後の貯預金どころか生活していくだけでいっぱいいっぱいです。いったいこの先どうなってしまうのだろうと不安ばかりが募ります。

もう一つの理由としましては、別に生活や周りとの関係に不満や不安がるわけでもないのに、なんとなくやる気が起きない、学校がつまらない、ただ仕事をするだけなど、毎日が学校や仕事に行って帰って寝てそしてまた登校・出勤するという繰り返し。

休日もこれといってすることもなければただ一日を消化するのみ。かといって将来の目標も夢もなく、ただ単に消化していく日々を送っているだけ。「悠々自適な生活を送りたい」とか「お金があればな」と理想ばかりが膨らみます。

これらに共通しているのは、単純に目標や楽しみがないので自身の生きる意味がわからないだけです。

生きるということは辛いこと

生きるということは辛いことの連続です。人間関係、ストレス、周りとの競争・比較、ときに息することさえ面倒に感じてしまうことさえあり、自ら… と、最悪の選択をされてしまう方もいます。

GDP(和名 国内総生産、 1年間など一定期間内に新しく生み出されるモノやサービスの付加価値)は世界第4位の日本、非常に裕福であるはずなのに、なぜ生き辛いと感じてしまうのか。

それは、自分と他人を比べてしまうから。とくに、自分よりも上の人、レベルの高い人を見てしまうからではないでしょうか。

例えば、人生で成功されたお金持ちの人、優良企業に勤める生活水準の高い人、成績がトップ・トップクラスの人、運動神経抜群の人、人望が厚く人気のある人、イケメン・カワイイで異性にチヤホヤされる人、などなど。

上を見ればキリがないのに、「美味しいものを食べたい」、「いい車に乗りたい」、「豪邸に住みたい」、「チヤホヤされたい」など、他の人たちは優雅で豪勢な生活をしているのに何で自分だけと悲観し嘆いてしまうからです。

そして、「俺なんて・私なんて」と1度悲観的になってしまうと、本来ならものにできるはずのチャンスも、掴み取れるはずの幸福も「どうせ失敗するだろう」、「何をやってもうまくいかないだろう」と、自ら逃してしまう負のスパイラルへと陥ってしまいます。

ですが、このブログ記事を読まれているということは、筆者自身も含めそのような能力もスキルも備わっていない、いわゆる「ふつうの人」なのです。冒頭で筆記しましたが、ふつうの人はそんなものありません。群を抜いた才能など備わっていないのです。

しかし、「世の中そういう人が多い」ということ。つまり、僕たち私たちも世間でいちばん多い層・ふつうの人達の中の一人だということを認識しておきましょう

見るのは〝横と下〟

「努力が足りない」、「やらないやつが悪い」、「やればできる」。

人生で成功された方達・頭の良い方達はこぞってこう言い、貧乏人を蔑み、頭の悪い人間を見下しますが、そんなことは言われなくとも理解かっており、ただ、やれなかった・やらなかっただけの百も承知の二百も合点。彼らのようなアイデアもなければ運もなかった、埋もれた才能が備わっていたとしても環境に恵まれなかった、結果できなかっただけのこと。

しかし、世の中はそのような人達で溢れ、そのような人達がいるからこそ、その人達で成り立っているのです。そして、先ほど認識した「いちばん多い層・ふつうの人達の中の一人」で均衡が保たれているとするならば、大切なことは上を見るのでなく、横と下を見ること。横に並ぶ人と肩を組み、下の人に手を差し伸べるべきではないでしょうか。


人間社会はいつの時代もヒエラルキー

一つ、面白い話をしましょう。

例えば、世の中に1000人しか人間が存在しないとします。しかも、すべての人たちは成績トップ、運動神経抜群、リーダーシップに優れ、つまりは「優秀」の人達の集まりです。おまけに容姿端麗もつけ加えておきましょうか。

さて、これだけ優秀な人達が集まれば、世界はより良い方向に創造され発展し、作り出されるすべてのアイテムは逸品・神品ばかり、彼らで子々孫々と繁栄するならば、戦争や争い事のない、まさに理想とされる社会が実現されそうな気がしそうですが、答えはNOです。

なぜなら、その中でもしっかりとしたヒエラルキー型組織が構築されるからです。

つまりは、人は集団で生活や行動を共にするがゆえ、リーダー的存在が必要不可欠となります。リーダーも独りではいつ寝首を掻かれないかと不安なことから、護衛の右腕・左腕、副リーダー、参謀、補佐役、秘書役など、自身に賛同する人物で側近を配置するようになります。

リーダーを中心とする組織団体が構成されれば、運営費という名目で物やお金を納めるといった制度が発案され施行されるようになります。政治の始まりです。
組織にしっぽをふり媚びる者、好きにやってくださいと無関心な者、そして、組織に反発するグループも誕生し、クーデターで体制そのものをひっくり返し、大義や正義をかざし自分たちで権限を掌握しようとします。

私たち人間が人間である以上、どのような人種が集まろうと、ピラミッド型に統制され支配されてきました。日本史、そして世界の歴史がそれを証しています。

人間の欲は果てしなく無限、強欲がもたらす結果なのではと推定します。


人が生きる意味

人が生きる理由、それは「何かを残すため・後世に伝えるために今を生きている」と説きます。

フランスのジョゼフ・キュニョー氏は車をつくり、ライト兄弟は空を飛び、ジョージ・スチーブンソン氏は鉄道と蒸気機関車を開発・発展、エジソンは電球を発明、たくさんの人に使ってもらうため発電所をつくり、電気を家庭に届ける事業化に成功しました。

後に自動車へ飛行機へ新幹線へ、そしていろんな家電へと進化していきます。彼らの発明が今の私たちの生活の礎となり、彼らの「世の中を便利にしよう」という想いがしっかりと後世に紡がれているのです。

現代においては、1958年、日清食品の創業者である安藤氏は、お湯を注ぐとたった2分で食べられるインスタントラーメン、「チキンラーメン」を考案。1973年、西友が日本で初めてのコンビニ、「ファミリーマート」の第一号店を埼玉県に出店、同年、マーティン・クーパー氏によって携帯電話が作られました。

後に多種多様なものへとさらにバリエーション豊富に。無くなってしまうと困ってしまうような、私たちのライフスタイルにマストなものと言っても過言ではないくらい便利なものへと発展・進化、後世へと技術が受け継がれてゆきます。

もっと私たちの身近な例をあげますと、私を初孫としてかわいがってくれた今は亡き祖父母。

夫婦で八百屋を営み、いつもレジに立っていた祖母。お店が忙しい合間をぬっては、優しい笑顔と心安らぐ声のトーンで私を気にかけてくれていました。おばぁちゃん子でいつもレジ横でお客さんに愛想を振りまいていたのを記憶しています。

祖父は多趣味で何でも器用にこなすとても人望のあった方です。盆栽、ひょうたん作り、日本刀収集、とくに金魚・らんちゅうに力を注ぎ、その界隈では「金魚の神様」とまで呼ばれていた方。

週末になれば、大好きな祖父母の家に泊まりに行っては私を真ん中に挟み、川の字に寝ていてくれたことを今でも憶えています。

幼少期の記憶は、生家より祖父母と過ごした日々の思い出が強く、今でも過去に思いを馳せれば鮮明に脳裏に蘇ります。

そして、祖父母の生き様・生き方、彼らは確かに存在した、しっかりと生きた証しを「憶い」という形で私にしっかりと紡がれているのです。

私の生きる意味

次は、私の番です。

私の「想い」を息子・息子世代に紡ぎたい。しっかりと生きた証しを残したい。そして、酸いも甘いも今を生きてく意味を伝えたい。

私は、私の歩んできた道をブログ記事として文章に起こしているだけ

人が成長していくプロセスにおいて、私もそうであったように、人に言いづらい悩みや相談事というのが必ずでてきます。前に進めない、心が折れそう、負けそう、挫けそう、泣きたい、消えてしまいたい、ましてや10代の多感の時期にはなおさらです。

人に訊くのが恥ずかしいと思ってしまったり、親しい友人だから言えない・相談できない、実の父親だからこそ訊けないこと…。教職員もお仕事ですからなかなか親身になっては相談にのってはくれません。

ですが、そのようなことをネット検索すれば答えが落ちている、助けてほしい、導いてほしいときにネットの中にアンサーがあるとすれば、また進むべき道が見えてくるのではないでしょうか。

ブログ記事というのは、私が消去しない限りは半永久的にネット上に残ります。つまり、私はネットの中で生き続けるということ。

いつの日か、息子が先が見えず行き詰まったとき、ネットを検索し問題解決の糸口になれば、そしてそれを書いた人物が実の父親だとすれば、そこでまた一つのストーリーが生まれます。

思うこと・考えることは人それぞれ、あなたなりの「生きる意味」を見つけてください。ですが、共通して大切なことは、「今を生きる」といこと。今を一生懸命に生きていきましょう。


まとめ

  • 漠然と「なぜ、人は存在するのだろうか」と思うときがある
  • それはずばり、今が楽しくないから
  • 生きるということは辛いこと
  • それは、他人と比べてしまうから
  • 上を見るから生きずらくなる
  • 人間社会とはヒエラルキーで成っている
  • だからこそ、見るのは〝上〟でなく〝横〟と〝下〟
  • その中で、何かを残すために今を生きている
  • 人の考え方はそれぞれ、共通しているのは「今を生きる」ということ

合わせてお読みいただきたい

もし、人生に行き詰まり、最悪な事態をお考えであるなら一読ください。なんらかの抑止になればと筆記しています。
楽な死に方・簡単に死ねるであろう方法6選を考察そのリスクとは|生きてみませんか

また、「そもそも親ガチャにはずれたのでムリゲー」と思われているのなら、はずれを引いてしまったときの対処方を筆記しています。お読みいただければ幸いです。
【親ガチャにはずれた】対処法と親のせいにしないマインド(信念)をつくる

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【仕事楽しくない辞めたい】と思う理由4選とそれぞれの対処法

重ねまして、「生まれ変わり」について真剣に考察してみました。生まれ変わりを信じりようになりましたら、今を生きる原動力になったのです。ぜひ一読ください。
生まれ変わりについて真剣に考察するブログ|人生一度ではない

最後に

今回、よく使った言葉「ふつう」

筆者自身、「私はふつう」と言っていますが、ぶっちゃけて言ってしまえば、学もない金もない年収も低い下等である、つまりは「落ちこぼれ」の部類の人間です。

ですが、類は類を呼ぶ〟とも言います。

私が低レベルな人間であると認めてしまえば、私を伴侶としてくれた妻にも、「とっと」と呼んでくれる息子にも、私を生んで育ててくれた両親にも、私を「友」と呼んでくれる仲間にも、そして、ブログを読んでくれている読者の皆さんにも、私を取り巻く人たちがレベルの低い人達であるとされてしまいます。

私が誹謗中傷の対象となるのは構いませんが、私の周りの人が悪く言われるのは非常に耐えがたいこと。

だから私はこう言います、「ふつう」であると。。

…いや、私は声を大にして言います、「優秀」です

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